将棋界における「入口の公平性」について

祝 西山四段誕生

2026年10月26日、日本将棋連盟は西山朋佳女流四冠のフリークラス棋士編入を発表した。2027年4月1日付で四段となり、史上初の女性棋士が誕生する。

2026年10月10日、西山朋佳女流四冠が白玲戦で通算5期目の優勝を果たし、棋士への編入資格を獲得した。女性として初めて棋士になる道が開かれたことになる。この新制度については、奨励会三段リーグを突破せずに棋士になれるのは不公平だという意見もある。しかし、そこで比較の基準とされている奨励会の昇段制度は、そもそもどの程度公平なのだろうか。西山は2019年度後期の三段リーグで14勝4敗という好成績を収めたが、同じ成績の3人のうち、前期までの成績に基づく順位が最も低かったため、四段に昇段できなかった。一方、過去には11勝7敗で四段になった棋士もいる。もちろん、いずれも当時の規定に従った結果であり、個々の昇段が不当だったという話ではない。西山のプロ入りを不公平だと批判する前に、従来の奨励会の昇段制度がどの程度公平なのかを調べてみたい。

1. 奨励会の昇段制度

奨励会では、二段までは東西に分かれて対局し、8連勝や12勝4敗などの条件を満たすことで昇段する。ところが三段になると東西合同のリーグ戦に変わり、半年18局の成績で上位2名だけが四段に昇段する。

三段リーグの成績には、半年ごとにかなりのばらつきがある。第3回から第79回までの記録を集計したデータによると、同じ参加者の前期と次期の勝数の相関係数は0.30だった。2006年度前期の第39回三段リーグでは、14勝4敗だった佐藤天彦が2位で四段に昇段した一方、同じ14勝4敗の豊島将之は3位、伊藤真吾は4位で昇段できなかった。豊島は翌期も14勝4敗だったが、今度は1位となり四段に昇段した。

2. 三段リーグはなぜ今の方式なのか

現在の三段リーグが始まったのは1987年である。三段リーグは1956年に導入されたが、1974年にいったん廃止され、その後は規定の勝敗数を満たせば四段に昇段できた。1975年度には8人、1976年度には7人が四段に昇段している。その後も新四段が増え、順位戦C級2組の人数が膨らんだため、1987年に三段リーグが復活した。半年ごとに上位2人、年間原則4人という現在の方式は、棋士の人数を抑えるために作られたものである。

しかし、年間4人に制限するために、半年18局の順位で選ぶ必要はないだろう。奨励会の初段から三段までの対局成績を使ってレーティングを計算し、半年ごとに上位2人を昇段させても、人数は同じである。

レーティングは対戦相手の強さも考慮して棋力を数値化する方法で、将棋界でも長年使われてきた。将棋倶楽部24はサービス終了までレーティングを採用していたし、現在の将棋ウォーズでも、対戦相手の強さに応じて昇級・昇段の達成率が変動する。

奨励会でも初段・二段は年間約48局、三段は年間36局を指している。対局数はオンライン将棋ほど多くないが、数年間の成績を蓄積すれば相当な数になる。半年18局の順位で決める現行制度と比べる価値は十分にある。

初段から三段までを一つのレーティングにまとめるには、東西に分かれた対局成績の接続や、駒落ちの補正などが必要になる。しかし、こうした問題は計算方法や対局編成によって解決すべきものであり、現在の昇段制度を維持する理由にはならない。

3. 東西分断問題

奨励会では、二段以下の会員は関東と関西に分かれて対局している。昇段条件は全国共通だが、実際に対戦する相手は地域によって異なる。

東西の会員の平均棋力に差があれば、同じ12勝4敗を達成する難しさも変わる。しかし、現在の昇段制度では、その差は考慮されていない。

対局相手の決め方にも、かつては東西で違いがあった。関東と関西の両方で奨励会幹事を務めた北浜健介八段は、2024年7月の『文春オンライン』のインタビューで、関東では昇段の懸かった一局に上の段級位の会員を当てていたのに対し、関西では同じ段級位の会員を当てていたと説明している。現在は関東も同じ段級位の会員を当てる方式に変わったという。こうした東西の違いを調べるうえでも、レーティングは役に立つ。

三段リーグは東西合同なので、三段に昇段した会員の対局記録を通じて、それ以前の成績も共通のレーティングに結び付けられる。過去の記録を使って試算すれば、東西の棋力差や昇段条件の難易度を比較できる。現在は、そのような比較が行われていない。東西でどれほどの差があるのか、そもそも差があるのかも分かっていないのである。

4. 過去の三段リーグをレーティングで評価すると

実際に、過去の三段リーグの対局結果からレーティングを計算したデータも公開されている。これを使うと、現行制度での昇段順位とレーティングによる順位を比較できる。

例えば2019年度前期の第65回三段リーグでは、16勝2敗の渡辺和史と13勝5敗の石川優太が四段に昇段した。一方、12勝6敗で4位だった服部慎一郎は昇段できなかった。しかし、この期の終了時点のレーティングは服部が1565、石川が1537で、服部の方が高かった。服部は次の期に14勝4敗で四段に昇段している。2016年度前期の第59回でも、13勝5敗で1位だった藤井聡太の期末レーティングは1545だったのに対し、12勝6敗で5位だった杉本和陽は1554だった。これらは三段リーグの対局だけを使った非公式のレーティングであり、初段・二段時代の成績は含まれていない。それでも、選抜方法によって順位が変わることは確認できる。

ただし、これらは現行制度の下で行われた対局の結果である。奨励会員は、現行の昇段規定に従って競争している。初めからレーティング上位者が昇段する規定であれば、研究の進め方や対局への取り組み方も変わっていただろう。過去の成績をそのまま新しい制度に当てはめても、新制度の下で実際に誰が昇段したかは分からない。

5. まずレーティングを計算すべし

共通レーティングを使えば、東西の棋力差や昇段までにかかる年数の違いに加え、三段リーグの順位と四段昇段後の成績との関係も検証できる。その結果を踏まえて、現在の昇段規定を見直すかどうか判断すればよい。将棋倶楽部24や将棋ウォーズで実用化されてきたレーティングは、奨励会でも利用できるはずである。まず実際に計算し、現在の昇段制度がどの程度正確に棋力を評価しているのかを調べてみてはどうだろうか。

最後に

ここまでレーティング制を提案してきたが、西山の三段リーグ時代の成績を調べて、少し考えが変わった。西山の第59~65回の通算成績は55勝71敗(勝率43.7%)、第67~68回も16勝20敗(44.4%)と、前後の期間で勝率がほとんど変わっていない。その間の第66回だけが14勝4敗(77.8%)と突出している。しかも、この期の終了時点でも西山の非公式レーティングは1506で、同じ14勝4敗だった服部慎一郎の1598とは92点の差があった。今回の記事で提案した長期レーティングによる選抜では、西山が奨励会を突破するのは相当に困難になってしまう。

将棋では、重要な対局に向けて研究を温存し、ここぞという一局で投入することも珍しくない。第66回の西山が好調だったのか、研究の投入が実を結んだのかは分からないが、そもそも将棋の勝敗には偶然によるばらつきがあり、半年18局では、それによって思いがけない昇段者が生まれやすい。誰が四段になるのか最後まで予想しにくいのも、三段リーグの面白さだろう。

プロ棋士の入口の公平性を高めるためにレーティングを活用する意義は大きいが、選抜方法を変えるべきかは迷うところである。合理的だからといって、全員が居飛車ばかり指すのはやはりつまらないし、棋士になるための試験にも、現在の三段リーグのような、少し祝祭的な一発勝負が残っている方が面白いのかもしれない。

資料・計算結果

集計の基準日:2026年10月21日 | 第79回三段リーグまでの完了記録

公開された三段リーグの成績表、東西の昇段者集計、非公式レーティングから図表を作成した。比率、検定値、確率は掲載数値を基に計算した。

A. 勝数の安定性|第3〜79回

図1|前期の勝数と次期の平均勝数。点の大きさは集計数。
図1|前期の勝数と次期の平均勝数。点の大きさは集計数。

A. 勝数の安定性|集計の内訳

図2|前期勝数の分布。合計2,100組。
図2|前期勝数の分布。合計2,100組。
計算項目値
前期・次期の連続参加組数2,100組
前期の平均/標準偏差8.76勝/2.35勝
次期の平均/標準偏差9.08勝/2.62勝
共分散/相関係数1.83/0.30
前期勝数1勝増に対応する回帰係数1.83 ÷ 2.35² = 約0.331

出典:将棋 棋士別成績一覧「三段L 前期−当期勝数相関」 https://kishibetsu.com/sandan/win_sokan.html

集計単位:同一会員の連続する2期を1組とした。

B. 東西の昇段者構成|期間比較

図3|四段昇段者の東西比率。2010〜2015年と2016年前期〜2023年前期を比較。
図3|四段昇段者の東西比率。2010〜2015年と2016年前期〜2023年前期を比較。
期間関東関西関東比率
2010〜2015年22人5人81.5%
2016年前期〜2023年前期11人23人32.4%

関東の比率:81.5%から32.4%へ、49.1ポイント減。フィッシャーの正確確率検定(両側):p=0.0002263、オッズ比9.2。

関東比率の95% Wilson信頼区間:2010〜2015年 63.3〜91.8%、2016年前期〜2023年前期 19.1〜49.2%。

出典:shogeram「新四段の関東・関西勢力図と永瀬研」2024-09-20 https://note.com/shogeram/n/n7fe65051a463

C. 第76回三段リーグ|東西の参加人数

図4|第76回三段リーグ(2024年度後期):関東28人(63.6%)、関西16人(36.4%)。
図4|第76回三段リーグ(2024年度後期):関東28人(63.6%)、関西16人(36.4%)。
関東関西全体関東比率関西比率
28人16人44人63.6%36.4%

出典:shogeram、2024-09-20、上記同記事。三段リーグの東西合同実施は日本将棋連盟「奨励会」 https://www.shogi.or.jp/match/shoreikai/

D. 四段昇段の順位とレーティング

図5|第59回(2016年度前期):杉本和陽1554、大橋貴洸1553、藤井聡太1545(期末レーティング)。
図5|第59回(2016年度前期):杉本和陽1554、大橋貴洸1553、藤井聡太1545(期末レーティング)。
図6|第65回(2019年度前期):渡辺和史1585、服部慎一郎1565、石川優太1537(期末レーティング)。
図6|第65回(2019年度前期):渡辺和史1585、服部慎一郎1565、石川優太1537(期末レーティング)。

出典:「将棋 棋士別成績一覧」第59回 https://kishibetsu.com/sandan/59.html /第65回 https://kishibetsu.com/sandan/65.html および各人の個別レート表

E. 14勝4敗が3人いた第66回

図7|第66回(2019年度後期):14勝4敗の服部慎一郎1598、谷合廣紀1589、西山朋佳1506(期末レーティング)。
図7|第66回(2019年度後期):14勝4敗の服部慎一郎1598、谷合廣紀1589、西山朋佳1506(期末レーティング)。
氏名勝敗実際の順位期末レート
服部慎一郎14勝4敗1位・昇段1598
谷合廣紀14勝4敗2位・昇段1589
西山朋佳14勝4敗3位1506

西山と服部の差は92点、西山と谷合の差は83点。レーティングの集計対象は三段リーグの対局。

出典:「将棋 棋士別成績一覧」第66回 https://kishibetsu.com/sandan/66.html /西山の個別記録 https://kishibetsu.com/sandan/66/3226.html

F. 数学モデル|18局の成績はどれほど変動するか

図8|全18局で勝率pが一定の二項分布。14勝以上と11勝以上の確率を計算。
図8|全18局で勝率pが一定の二項分布。14勝以上と11勝以上の確率を計算。
1局の勝率14勝以上の確率11勝以上の確率18局の標準偏差
50%1.54%24.03%2.12勝
60%9.42%56.34%2.08勝
70%33.27%85.93%1.94勝
80%71.64%98.37%1.70勝

計算式|P(X≧k)=Σ[x=k〜18] C(18,x) p^x (1−p)^(18−x)。標準偏差=√[18p(1−p)]。

G. 数学モデル|対戦相手の強さ補正

図9|Eloの期待勝率。レート差100点で64.0%、200点で76.0%。
図9|Eloの期待勝率。レート差100点で64.0%、200点で76.0%。
レート差(自分−相手)期待勝率
0点50.0%
50点57.1%
100点64.0%
150点70.3%
200点76.0%

計算式|P=1 / [1+10^((相手R−自分R)/400)]。

将棋倶楽部24のレーティングと将棋ウォーズにおける達成率は、対戦相手の強さを評価に反映する。

出典:将棋ウォーズ公式Q&A https://shogiwars.heroz.jp/qa /将棋倶楽部24終了案内 https://www.shogidojo.net/

H. 制度と記録|対照表

資料数値・制度上の事実参照先
奨励会規定初段〜三段:8連勝・12勝4敗・14勝5敗ほか日本将棋連盟
三段リーグ半年18局・上位2名日本将棋連盟
第39回(2006年前期)豊島14勝4敗・3位、伊藤14勝4敗・4位三段リーグ結果一覧
第40回(2006年後期)豊島14勝4敗・1位昇段三段リーグ結果一覧
第32回(2002年後期)西尾11勝7敗・2位で昇段三段リーグ結果一覧
第66回(2019年後期)西山14勝4敗・3位三段リーグ第66回
北浜健介八段の証言昇段が懸かった対局の組み方に東西差文春オンライン(2024-07-15)

計算方法|図1・2:前期・次期勝数集計。図3:フィッシャーの正確確率検定、Wilson信頼区間。図4:参加者比率。図5〜7:公開された期末レーティング。図8:二項分布。図9:Eloの期待勝率。

参照資料

・日本将棋連盟「西山朋佳女流四冠 フリークラス棋士編入のお知らせ」(2026-10-26) https://www.shogi.or.jp/news/view.php?id=b913f6ce71e1a5bb

・日本将棋連盟「奨励会規定」 https://www.shogi.or.jp/match/shoreikai/provision.php

・日本将棋連盟「奨励会」 https://www.shogi.or.jp/match/shoreikai/

・将棋 棋士別成績一覧「三段リーグ」 https://kishibetsu.com/sandan/sandan.html

・将棋 棋士別成績一覧「前期−当期勝数相関」 https://kishibetsu.com/sandan/win_sokan.html

・将棋 棋士別成績一覧「三段リーグ結果一覧」 https://kishibetsu.com/sandan/itiran.html

・第59回/第65回/第66回の三段リーグ詳細 https://kishibetsu.com/sandan/59.html ・ /65.html ・ /66.html

・shogeram「新四段の関東・関西勢力図と永瀬研」(2024-09-20) https://note.com/shogeram/n/n7fe65051a463

・相崎修司「奨励会幹事座談会」(2024-07-15) https://bunshun.jp/articles/-/71999?page=2

・将棋ウォーズ公式Q&A https://shogiwars.heroz.jp/qa

・将棋倶楽部24 終了案内 https://www.shogidojo.net/